GIRASOLのスミレです♪
いま、とても面白い本に出会っています。
子どもの支援をする上で、
「指導」か「受容」か。
この二元論はよく言われますが、さらにその上を行く方法論を展開されています。
とても興味深い。
そして、とてもとても勉強になる。
わたしの教育観を補強してくれる本です。
実践のなかで大切にしたいものを改めて考えて、模索していくヒントが詰まっています。
たとえば、この一節だけで、もう泣けてきてしまいます。
「学業不振は教師にとって深刻な問題である。そして、それは当の児童生徒にとっては、さらに深刻な問題となる。
なぜなら、これは子どもの自尊心を捻じ曲げる最強度の危険因子だからである。わたしは、それを「児童虐待に次ぐ」と言い切ってもいいと思う。考えてもいただきたい。学校の勉強ほど、うまくいっていない自分の姿が、児童生徒自身にありありと見えてしまう課題はないのである。
つまり、勉強がうまくいっていない子どもには、保護者そして学校の教師の期待に応えられない自分の姿、加えて友だちに負けている自分の姿がありありと見えてしまう。これは真に残酷だと思う。このような状況の中で、子どもの健全な自尊心など育つはずがない。」
学業不振を「児童虐待に次ぐ」と考えている教師が、果たしてどれくらい居るでしょうか❓
たとえば観点別評価にて、提出物やその他の取り組みを評価するとして、
もともと勉強で「うまくいっている」子が高くなるのは当たり前だと思うのです。
だって、勉強に対する自己肯定感が素地としてあるのだから❗️
取り組もうとしても「出来ない」自分の姿がチラつくなかで、
どうして「うまくいっている子」のように、与えられた課題にスムーズに取り組むことが出来るでしょうか❓
両者の心理的なプレッシャーを考えたときに、
果たしてどちらのほうが、「頑張っている」と評価されるでしょうか??
残念ながら、現行の観点別評価では、
提出物や発表などの「成果」のみが評価され、
個人のなかの葛藤のような「見えない」ものは評価されないのです。
悔しいですね。
そんな中で、支援者として、自分に何が出来るのか、
改めて考えさせられる一冊です❗️❗️
エッセンスを隅から隅まで取り入れようと思います😉❤️